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理事長ブログ

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『ありがとう』 『有難うございます』

2020-05-27
有料老人ホームがある風の丘は5月の連休 訪問のお医者様や訪問看護が手薄になった。
その状況の中で、風の丘入居の90歳を超えられているA様が体調を崩され急性期病院にお連れした。そのまま入院。
その後、病院から遠くにお住いのご家族のもとに療養型病院に転院なさってはとの提案があった。
ご家族もご本人も熟慮され、最終的に風の丘に暮らされることを選んで下さった。
昨日、退院され風の丘に戻られた時は、眠りの中にいたA様。
今朝お会いした時、そばにいた施設長に、
A様涙を浮かべ「ありがとう」と手を差し出し、互いに握手をした。「ありがとうございます」
住み慣れた町・なじみの人・信頼できる人と最後まで暮らし続けたいのよ。
が胸に響いた。
 

マスクリレー

2020-04-14
A様からマスク届きました。職員と地域の方々で使わせていただいています。
CoCoてらすでデイ愛甲原や風の丘の縫物ボランティアをして下さっているA様から
「自宅でマスク縫いますよ。」とお声をかけていただきました。布は以前、地域の方から寄付して頂いた布など
上記の布製マスクを差し上げた地域の方。今度は浴衣の反物を下さり、縫い手の方にお渡しします。
上記の布製マスクを差し上げた地域の方。今度は浴衣の反物を下さり、縫い手の方にお渡しします。

雨岳文庫 山口匡一様から

2020-04-01
伊勢原市上粕屋在住の山口匡一様(雨岳文庫)から愛甲原住宅(伊勢原市高森台・厚木市愛甲西2丁目)への思いが届きました。
山口様とは15年程前からご縁を頂き
「NPO法人一期一会」をご支援いただいています。
山口匡一様に、以前、平安な社会を築くために愛甲原住宅の役割は?
とお尋ねしたことがあります。
 この3月25日に以下の文を「高森台の四季」としてメッセージ山口様より頂きました。山口様の相模の国(伊勢原も含む)周辺に対する思いが情景とともに伝わります。
山口様の了解を得、皆様にお読みいただきたいと共有させていただきます。
 
                         川上道子
 
 

雨岳文庫 山口匡一様からのメッセージ

2020-04-01
高森台の四季
高森台、神奈川県の中央 相模の国の真ん中にあります。西側には山岳信仰の山阿夫利山(雨降山)があって、ふもとには里山に囲まれた田んぼが広がっていました。
その里山の一つに、戦後の高度度成長を迎えた昭和の後半に定年を迎え、街を開き住み着いた人々がおりました。それが高森台の先人であります。
 
冬も終わって、雪をかぶった大山に、春の光が差すと、ポトリ!水の子供か生まれます。ポトリ!ぽとり!水の子供たちは谷川になって一緒に山を下ってっていきました。そこには、玉川と言う谷あいの川があって、その川をはさんで小さな里山に囲まれた田んぼが広がって、いました。春の田んぼは、土手にはすみれも咲き、整備された中央の水路には、アユの影もいくつか折れ線を描いておりました。
里山の木々も、寒い冬には身をちぢていますが、温かい陽が差すと木の芽も開き、山も膨らんでくるようです。春も進んできますと、山の裾は桜で覆われ、春霞で浮き上がった隣村の八幡様の森からは、祭りの太鼓が聞こえてきます。
昔は春祭りが終わると、雨の日でも、田んぼは女も子供も総出で田植えに出て賑やかだったのですが、機械化が進んだ今はどの畑も緑の苗が植わっています。
 
端午の節句も終わったころになると、もう田んぼは緑一色で、あちこちからカエルの声が聞こえてきます。
梅雨が明け、夏が近づくと、田んぼの隣の梨畑ではなしの実も大きくなり、虫よけの誘蛾灯の黄色い光も燈って、話に聞く狐火の様に見えます。
夏も進んでいきますと、大山の影は少し薄くなり、山全体が少し遠へさがったような気がします。その後ろには箱根山も見えます。
長い日も暮れますと、田んぼの隣の梨畑ではなしの実も大きくなり、虫よけの誘蛾灯の黄色い光も燈って、話に聞く狐火の様に見えます。この夜空には
川の流れを見る感じで、北から南に流れておりました。が、今はもう街の明りで、あまり見なくなって、七夕の星、スピカやデネブくらいしか見ることができません。
昼の南の夏空はどこまでも明るく、その下に展開する平塚の街の向こうには湘南の海が、アメリカまでも広がっています。
左手に霞む三浦半島、緑の江の島、中央の伊豆大島、右手には、白砂青松の長い砂浜が続き、その向こうには、富士山と箱根の山が見えています。一番の右手はずれは、伊豆の山々が重なり合って見えます。
この海は鎌倉に昔から、相模の国の人々の心をつなぐ海でありました。
 
秋になって、夕陽が大山の左肩に沈むようになると、下の田んぼは、一面の黄色に変わります。農家の人たちは、陽に干した穀物の干しものを取り込んだり、して秋への準備です。
 
ちょっと昔を振り返ってみますと、
高森台の先人たちが子供のころ、育ち、暮らしていた世田谷、杉並の街はその親たちが各地からやってきて、関東平野の西のはずれ、東京の近郊に街を作りました。もう、東側には近代の街も出来ていて、新宿の駅の周りには、近代的なビルの屋根にはアドバルーンも上がっていました。経堂などには、田んぼの南の丘陵地には一筋の商店通りもあり、鍛冶屋も残っていました。もっとも、祖師谷辺に行くと村の鎮守様もあり、村祭りの神楽もやっていましたし、北のほうに向かっては武蔵野の名残りもありました。西のほうには平野の向こうに秩父の山波も並んで見え、その一番左の端に我らの大山が尖って見え、新宿から眺めたギンギンギラギラの夕陽もその辺りに沈んでいきます。
 
話は高森台に戻りますが、この地では新しい街のせいか、商店通りもありませんし、きらきら光っているお店もありません。台地の裾には里山の名残のくぬぎ林も、農家の庭も残っています。そして夕暮れになると、里山の裾にも灯が燈り、昔はキツネのお話もありました。
この辺りは、大山のふもとですので、秋も進んできますと、大山の夕陽の影はどんどん近づいてくるようになります。秋の夕暮れ、山の影はとても大きく見え、カラスの帰っていく屋の向こうの空はやけに明るく、はるか向こうの酒匂川の平野はまだ光が残っていて、川の上流の山陰のお寺の鐘まで聞こえてくるような気もします。田んぼはきれいに刈られて、農家は冬の準備を迎えます。
 
夕暮れの山の端が赤紫に変わるころになると、、井戸水がとても暖かく感じられるようになります。冬のための沢庵大根を洗う水にも湯気が立っています。この頃になると、冬の風(ここではならいといいます)吹き出します。上信の山で寒さを増し津久井の山、清川の山を越えて吹いてくるのです。この風が吹くと、里山の木々はすべての葉を落とし、農家はそれをかき集めて、春先の苗床などの準備をしますし、正月用の漬物を漬け込んだり、餅をついたり、いろいろな土地の神や竈の神様などの一文飾りを造るなどいろいろ忙しいですし、高森台の主な住民である東京から来た人たちも、クリスマスや会社の忘年会などで結構忙しいようです。周りの風景は、クヌギやこならもやや赤味を帯びた茶色の紅葉も散って、とても澄んだ夕空は、遠くまで晴れて、大山の向こうに箱根山その向こうには、富士山も浮かんで見えます。
 
元旦の朝日は、この台地の東から上がりますが、この台地の東側は、相模川の平野が広がっていてその向こうに相模原の台地、多摩丘陵が見ます。さらにその向こうには、横浜の街や港が広がっていて、その明かりや、船の汽笛が聞こえてくるような気がします
 
正月も明けまして、2月になりますと、新年が明けたといいながら、一年で一番寒い季節となります。この時期、晴天も続き空気も澄みますので、遠くの箱根山などもとても近くに見えます。二子山も、駒ケ岳にも雪があって、山間の、芦之湯の里のお湯けむりも見えるようです。厳冬とはいいながら、陽の光は春ですので、木々の芽は膨らんでできます。この次期の山を遠くから見ますと、かぶっている布団が少し膨らんでいるような感じがします。真っ白な富士山もその向こうに見えます、が、春はもうすぐです。
                          
少々誇張して言いますと、この地は、むかし懐かしい村と、大山の山々に囲まれた自然を後に背負い、横浜やその向こうの、東京など新しい時代や横浜港など世界に向かって開けているとも思っております。
 
       2020.3.25   山口匡一
 

心から感謝申し上げます。 

2020-03-10
静止て待つ
新型コロナウイルスが世界を震撼とさせている。
今、必要なことは側にいる人々の命を守る・信頼を築く。
              2020年3月4日
地域の男の子がデイ愛甲原に届けて下さった「マスク、除菌シート」 
「ばあさんも まだ役に立つ ひなまつり」 この一句で元気を頂く E様一句
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