理事長ブログ
終末期 出来ることなら穏やかな自然死
2017-10-24
終末期 出来ることなら穏やかな自然死で お見送り出来たらと願っています。
私は夫の両親と同居していました。
舅は22年前、83歳で他界しました。終末期、パーキンソン病で喉、胃、尿路に管をつけ在宅介護をしました。姑から「お父さんは百歳まで生きたいと云っていた」という気持ちを受け、病院にサポートしてもらい実現できたものです。
姑は3年前に他界しました。90歳ころから、ほぼ車いす生活。95歳の時、癌が見つかりましたが「入院するのはいや」「薬はもう飲まない」「点滴もいや」と意思を通し、馴染みの地域のお医者様の往診を受けながら99歳と半年の生涯を閉じました。
食事はベッドではなくテーブルで。大便もトイレでしかしない。
終末期3ヶ月くらいになると食事は目覚めた時、1日1回3口くらいを2,3回、好きな時に好きな水分を摂る。自分の形を貫く気丈な人でした。
そして99歳と半年、枯れるように安らかに一生を終えました。
舅は22年前、83歳で他界しました。終末期、パーキンソン病で喉、胃、尿路に管をつけ在宅介護をしました。姑から「お父さんは百歳まで生きたいと云っていた」という気持ちを受け、病院にサポートしてもらい実現できたものです。
姑は3年前に他界しました。90歳ころから、ほぼ車いす生活。95歳の時、癌が見つかりましたが「入院するのはいや」「薬はもう飲まない」「点滴もいや」と意思を通し、馴染みの地域のお医者様の往診を受けながら99歳と半年の生涯を閉じました。
食事はベッドではなくテーブルで。大便もトイレでしかしない。
終末期3ヶ月くらいになると食事は目覚めた時、1日1回3口くらいを2,3回、好きな時に好きな水分を摂る。自分の形を貫く気丈な人でした。
そして99歳と半年、枯れるように安らかに一生を終えました。
ちょうど その頃、社会では積極的な治療を受けるのではなく「老衰死 – 穏やかな最期を迎えるには」がクローズアップされている時でもありました。
人それぞれ考え方があり、生きる理由があります。
家族もそれぞれ親への思いが違います。
まずは、親御さんのお元気な内に基本的な考え方を、その後、体調の変化に応じて話し合われることを願います。
川上 道子